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One day coming

〜 bosats のピアノラボ〜

ボサツの道も一歩から

大学の頃、いま思えばすでにうつ真っ盛りだった。

学校の健康診断でも、心療内科にかかったほうがいいとアドバイスされるくらい。

当時、校内の本屋で仏教の本を立ち読みして、なんだかよく意味がわからなかったが

「こういうことを学べば苦痛から多少は解放されるかも」と思った。その辺がその後ずっとヨガをやったり瞑想を習ったりすることの動機になっている。

 

この本『ゴータマ・ブッダ』が最初の仏教体験だった。よくできていて、史料を使って詳しくブッダの生涯を追いながらもひとつのお話として読める。

 

ゴータマ・ブッダ (講談社学術文庫)

ゴータマ・ブッダ (講談社学術文庫)

 

 

よく覚えているのは瞑想名人の仙人ふたりに弟子入りしてその人たちと同じレベルに達しつつも物足りなくてそこに安住しないという件。

集中系、定の瞑想を極めたあと、それだけでは不十分で観察や瞬間瞬間の気づきにシフトしていったブッダの目のつけどころが伺える。そこが既成のバラモン教に対する仏教の新しさだったと思う。

 

“ボサツ”という言葉も最初期の仏教の経典に出てくる。

観音菩薩」のように大乗仏教がある種の神格化を行うまでは、ただの“修行者”という意味合いだった。ブッダも悟りを開くまではひとりのボサツだったのである。

僕のハンドルネームのボサツもそういうニュアンスでつけた。それとスティーリー・ダンの「ボーディサットヴァ」(菩薩)っていう曲が好きだから。

でも、ボサツって名乗ってるとわりと神的な後者のニュアンスで捉えられることが多いのでちょっとおこがましくて恥ずかしい。

 

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