One day coming

bosats の音楽ノート

『無我の見方 ー「私」から自由になる生き方』

アルボムッレ・スマナサーラ著、『無我の見方』。仏教の中心テーマである苦・無常・無我の中で、一番理解しづらいのが〝無我〟でした。魂も永続する自己も自我もないという教えなのですが、この本ではその無我に関して、スマナサーラ長老のユーモラスな語り口でわかりやすく解説されています。

 

アイデンティティに関して

人間にとっての宝は、自分も社会に何か〝プラスアルファ〟すること、何かに少しでも貢献することです。私たちは社会に育てられたからです。  (『無我の見方』28頁)


私たちがいきなり「アイデンティティ」を探そうとしても、それは成り立たない話なのです。

自分は一つのシステムです。もちろん他の人たちもそれぞれのシステムであって、このシステム同士が組み合わさって社会ができあがっているのです。そして、この個人というシステムは日々変わっていくものです。ですから、何か固定したアイデンティティというものが、あらかじめあるわけではないのです。 (32頁)

このように永続する自我はないのだから、臨機応変に社会に貢献していくことを説きます。

 

一番印象的だったのが、

 
 魂とドラゴンボール

私たちは存在してもいない「魂」に、「自我がある」という錯覚に、極限までしがみついてしまうのです。 

 それは、マンガに出てくる「ドラゴンボール」を探すたびに似ています。ドラゴンボールなんであるわけないでしょう。そんなことは子供だって知っています。しかし子供たちはストーリーが楽しいので、ドラゴンボールという概念にしがみつきます。そこでいろんな連中が、たくさんのグッズを売ってお金を儲ける。子供たちもカードや色々なものを買います。それも興奮して買うのです。

 私たちもドラゴンボールにしがみつく子供たちと同じようなことをしています。ありもしない自我にしがみつくのです。しかし自我とは、ドラゴンボールと同じように錯覚です。そんなもの、一度たりとも証明されたことはないのです。     (91〜92頁)

 

この部分です。ぼくは小学二年生くらいまでサンタクロースの存在を信じていたので、それがいないと分かった時に「神は死んだ!」というくらいの衝撃を受けました。「我」や「魂」は神の概念にも通ずるので、やはりこの喩えと似たような部分がありますね。

 

 

 

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