【映画】 映像と音について問う ゴダール - 『東風』(1969)を見る

 

ゴダール映画、ちゃんと見たのは実に13年ぶりくらいです。
好きな作品は『気狂いピエロ』と『アルファヴィル』です。60年代の作品が好きです。


『東風』は見ながら、文章を書いてます。

 


なんなのこの映画(相変わらず)


もう50年近く昔の映画。

 

この当時のゴダール作品でよく出てくる労働争議もの

でも、今見るとマルキシズム労働争議もそうリアルなものに見えないので
違う見え方になります。

 

オフビートなサスペンスのような・・オフビートというよりなんだこの
感じは、ゴダールの例の感じですよw

出だし10分くらい草の中に横たわってるカップルの画と
政治闘争のモノローグが延々と出てきます。


でも映像はいいんだよな。絵になるなぁフランスの自然や建物。
そして色の使い分け。自然の緑、壁や服の赤とか。

 

でずっとメタ映画みたいな自問自答。
いま流石に、画の力がなきゃ見てられないですよ。

でも、こういう映画ってない。映像と一見一致しないモノローグがずっと流れてる
なんて他にないもの。

 

映画を作ること=政治闘争

 

そしてチャプターに絵というか図が表示される。


急な朗読シーン。これもゴダールお得意の。
なんかかっこよく見えるから不思議な映画だよな・・(;´д`)

 

革命とかストの議論とか時代錯誤でつまらないのに
この人が描くとかっこいいものに見えてくるというのが

 

文字の意味ありげな挿入。曲の急な中断とか、「あーこれがゴダール体験だった」
と思い出させる作り。

 

映画だ。映画でしか体験できないいろんな情報が一気に入ってくるこの感じ。
変な映像のミックス具合。編集・ミックスにこれだけ自覚的な監督も少ないのではないでしょうか。

 

映画の撮影・編集・制作と政治闘争を結びつけて描く、メタい視点が一貫してます。

そして、議論・議論・議論。そして映像に動きがだんだんついてくる。一応西部劇ということになってるけど、本当はどうでもいいだろ!w

 

映画として売れる気ないだろ・・と思う反面やっぱり嫌いになれない。

 

茶番のような映像の展開がなぜかいいもの、この時代、瞬間にしか撮れない何かに見えてくるという・・。

 

黒沢清への影響大

 

もう言い尽くされていることですが、この映像の〝唐突感〟は黒沢清に継承されているます。なんつったって蓮實重彦から薫陶を受けてるんでしょ。

 

クエンティン・タランティーノも確実です。意味のない長いひとり語りとかさ・・。

サミュエル・L・ジャクソンの代名詞になっちゃいましたが。

 

黒沢監督のサイン会9月にあったみたいだけど、行きそびれました!

 

 

映画とは

 

はい、話を戻して映画内のアメリカ批判の一文

「ハリウッドは映画を夢として提示する 金を払って見る夢だ」

というのは響きます。確かにその通り、金を払って夢を見に行ってる

 

映像と音に関して繰り返し議論・モノローグが出るのも納得。

その関係性について延々考えるのがこの映画だから!

 

奇しくも1969年はウッドストックの年。数々のアメリカン・ニューシネマも作られる以前。そして80年代バカ映画も作られる前の世界です。

 

映画への議論だけで一本映画を作ってたと考えると、やっぱりこの時代だからこそのことかもしれず。ゴダール映画で、これが傑作とは思わないし、面白い作品とも言えないけど、潜在的な60年代アコガレは出てきちゃいますわな。

 

それと、この表現の〝前衛性〟を受け入れる土壌のある、フランスの懐の深さね・・。

 

独特の世界観と言葉にトリップするのは確かです。ストーリーはないけど

『ホタルノヒカリ』の五万倍、映画見たなって気がしますw

 

 

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