道具からの発想

こないだのドビュッシーの墓に捧げる賛歌の件で。

 

あれは元がギターのために作られてその後ピアノ用に編曲されているのですが。

🎸⇨🎹 (あれは、常にソフトペダルを踏み続けるようにって指定されている。そんなのも珍しいな🧐)

 

外から内への影響

 

ピアノで抑えるのが難しいとか、めんどくさいコード進行がギターだと抑えやすかったりします。もちろん逆もあり。

 

ピアノは左右の手で、88健の中から抑えますから、(最大同時発音数10音とか、無理すりゃもっと)ベース音とコードを同時に担当することはザラにあります。

なので、オンコードは楽に抑えられる。(D onGとかそういうやつ) できることはなるべくやろうという発想になりがち。

 

一方。ギターは基本、最大同時発音数6音の中から抑えているので、オンコードは工夫がいります。

そこで、「ベース音は、ベースに任しちゃおう」という発想も生まれる。⇨パート分け・役割分担の発想。

 

そういう風に楽器⇨道具から、その人の考え方・作り方には大きな影響があります。

外から内への影響と・・。  🎸⇨🧠   🎹⇨🧠

 

 

書く技術

 

ぼくが両方弾くのは、あまり巧さを追求していないのと。。巧い人とか反射神経がいい人なんていくらでもいますしね😟

作曲を学ぶと、書く技術っていうものが独立してあるんだなと分かるためです。

🧠⇨✏️

 

抽象的に考えたり、イメージしたことを書くことプラス、 聞き取った音やリズムも書けると。

コンピュータに録音したり編集したり、打ち込みしたりすることもそちらに近いです。

そ特定の楽器のエキスパートになるより、単にこっちの作業の方が好きなんでしょう。

 

だので(だのでってw)、 両発想、切り替えながら使っています🎸× 🎹

最近のノートはコクヨの大型のやつです。